特集
「子育てしやすい社会」とは①〜父親の育児をあらためて考える〜
2022年1月31日
父親が働き、母親が専業主婦という家族像から、平成の初めには専業主婦がいる世帯より、共働き世帯の数が多くなり、家族の形が変わってきています。その中で、母親と父親の役割、子育てのあり方はどのように変化していくでしょうか。父親の育児を軸に、子育てとジェンダーを専門に研究されている大阪府立大学 特認准教授 巽真理子さんと、ALRIGHT BABY主宰の岩城はるみさんに対談いただきました。
大阪府立大学 ダイバーシティ研究環境研究所
特認准教授
巽真理子さん mariko tatsumi
神戸大学文学部(社会学専攻)卒業後、ケーブルテレビ局勤務ののち、専業主婦として子育て支援のNPO法人の立ち上げに関わる。40代目前に、子育てとジェンダーの問題を研究するため、大阪府立大学大学院 人間社会学研究科に入学。大学院在学中に、大阪府立大学 女性研究者支援センター コーディネーターとなり、大学における女性研究者支援事業や男女共同参画推進などに関わる。2015年より、大阪府立大学 ダイバーシティ研究環境研究所コーディネーターを経て、2017年より現職。著書「イクメンじゃない『父親の子育て』」。
ALRIGHT BABY 代表
岩城はるみさん harumi iwaki
元高校教諭。自身の第2子出産を機に退職し、親子教室「KOJIKA no Ouchi」を開業。近年では母親と赤ちゃんだけでなく、父親と赤ちゃんで参加するレッスンやイベントなども開催。2017年には「amanojack design」とのコラボレーションで「赤ちゃんに優しい社会へ」をコンセプトとした ALRIGHT BABYプロジェクトをスタート。多くの自治体や店舗、ミュージシャンなどの賛同を集め、子育てしやすい社会を目指す啓発活動を行う。
>> ALRIGHT BABYホームページ
「子育て」とは何でしょうか。
巽先生)実は、これまでの日本の育児研究では、子育てとは何かをハッキリと定義していませんでした。そのため父親研究では、母親の子育てでは言われない「稼ぐのも子育て行為」と言われたりします。そういったところに、「母親の子育て」と「父親の子育て」の違いが見受けられて、私は「子育てとは何か」をきちんと定義する必要性を感じました。そこで注目したのが、欧米で研究されているケア論です。ケア論での「ケア」は介護・看護・介助など幅広く意味しますが、中でもケアする人のジェンダー(※1)が現れやすい子育てを重視しています。長い子育て期間でも、乳幼児の世話をする時期が一番大変です。にも関わらず、その時期の育児負担が母親に偏っていることが疑問でした。ですので、子育てとジェンダーとの関わりを考えるため、この時期の親の子育てをイメージした「ケアとしての子育て」を定義しました。しつけや教育も含めると子育ての意味はもっと広いので、「ケアとしての子育て」で全てを説明できるとは思っていません。子どもは周りの大人や地域と関わり、社会の中で育っていくものですから。しかし、ここではシンプルに、子どもは「ケアされる人」、親は「ケアする人」として説明しています。人は誰もが性別問わず、生まれた時や病気、介護、そして健康な時でも誰かに依存して生きています。服も誰かが作ったものを着ていますよね。そう考えると、ケアする役割を一般的に女性が担っていることに疑問が出てきます。日本の育児研究の流れでは、戦後に母と子がどうあるべきかという「母子研究」があり、1980年くらいに「育児不安」や「母性愛神話」の研究が登場し、「母親だけでなく、周りの人たちも子育てを支援しないと」という考え方が出てきました。しかし、元々の発想が「母子」なので、「母子をどう助けるか」というネットワーク論となり、父親はサポートする一員に位置づけられました。要は「母親が子どもを育てる」、「父親は母子を助ける」ということに。まずは、その発想を崩すことが大切だと思っています。そのためには、子どもを中心として子育てを捉えることが大事なんです。
岩城さん)子どもはコントロールできないしするものでもない。なので、子育てを大人主体で考えるのではないということですね。
巽先生)そうです。私があえて「しつけ」や「教育」を入れていないのは、親が子どもに合わせていくしかない時期があるからです。確かにしつけは大切です。例えば、歩道を歩くのは社会のルールで、それが命を守ることに繋がるわけですから。しかし、もっと手前で「子どもを生かすために、まず必要なこと」は、子どもの身体的・情緒的なニーズを受け入れていくこと。そうなると、子どもにとってそれに応えてくれる人、つまり「ケアする人」の性別は本来関係ないのです。
※1 『男女』という2つにカテゴリー分けされた性別にもとづき、社会的・文化的につくられた性差
女性は育児、男性は仕事。
性別役割分業は
どう変わってきたでしょうか。
巽先生)父親の「ケアとしての子育て」を調査していくと、最後に辿り着く課題は「働き方」です。働き方を改善しないと、分担を変えることは難しい。戦後の高度経済成長期は、妊娠・出産しないため身体的に長時間労働が可能な男性が仕事、女性が子育てというのが効率的だったので、私たちの親世代の男性が子育てに関わることは難しかったでしょう。しかし平成の初めには、専業主婦世帯と共働き世帯の数が逆転しました。また、男性も「定年まで同じ会社」ではなく、転職するようになってきたため、優秀な人を確保するためにも、家庭の時間を持てるよう意識が変わってきている企業や組織もあります。
子育てだけでなく、介護も深刻な課題となっています。そのため、性別に関わらず家庭でのケアができる働き方にし、それが継続できる仕組みに変えていくことが重要です。今後は、その環境を用意できない企業は淘汰されていくかもしれません。現状は、企業や業種で差があり、役員比率でいうと、まだ男性が圧倒的に多い。日本の少子化はみなさんが思っている以上に進んでいます。日本人は50年後には人口の30%は減ると予想されています。「健康な日本人の男性」が経済を支えるだけだと、日本の社会はもたないでしょう。社会全体で男性も家庭でのケアに関われるようにし、性別関係なく働けるよう対応しなければ、社会が弱くなっていきます。
「父親の子育て」はどのように 変わっていくでしょうか。
巽先生)男性の育児休暇の取得率は12%程度。またある調査で、男性育休に反対する企業の経営者は40%。しかし、労働人口が減っていくこともあり、社員を大切にする会社は男性育休を受け入れていくのではないでしょうか。
岩城さん)制度は整っていても、男性育休の取得率が低い要因の一つとして、企業内の空気だけでなく個々が抱えるジェンダー規範もあるのではないかと思いますが、これから子育てをする若い世代の意識は変わってきているのでしょうか。
巽先生)最近、大学のジェンダーの授業は男子学生の受講が増えています。彼らは、「男も仕事をするだけじゃだめだ」と危機感を持っています。今の大学生たちは、中学・高校の家庭科や総合学習のSDGs(※2)などで、ジェンダーを習ってきているんです。たとえば授業で、女性がずっと働き続けるのと、子育てをきっかけに仕事を辞めてしまうのとでは、生涯収入が1億円くらい違うことを紹介すると、男子学生が特に反応します。この事実を知っていれば、結婚し子育てしながら二人とも働き続けよう、それなら男性も家庭のこともしなければという意識になりますよね。実際に、若い男性は保育園に送り迎えするなど子育てに関わるようになっているのに、昭和の意識で働いてきた50代以上の人はまだ気がついていない人が多いように思います。
岩城さん)待機児童問題なども、困っている当事者の多くが母親であることから、母親の問題のように扱われがちですが、困っている父親が同じくらいいれば、もっと社会全体の問題として目を向けてもらえるのではないかと思います。
巽先生)日本の子育て支援政策は少子化対策として進められていますが、ヨーロッパでは家族支援として進められ、その中でジェンダーフリーが重視されています。「国民が幸せに家族を営めるように」という理念のもとで政策を進め、その結果として、少子化を克服できたのです。
岩城さん)生まれた子どもや家族がいかに幸せに暮らせるかを中心に考えた政策を進めた結果、人口が増えているんですね。
巽先生)「子育ては楽しい」とうたって親に子育てを押しつけるのは無理があると思います。
岩城さん)精神論ではなく、現実的に子育てしやすい社会にする必要がありますよね。「楽しい」というキラキラした表現が、子育ての負担を透明化してしまうように感じます。また、父親の子育てとして「男の背中を見せる」や「父親ならではのダイナミックな遊び」といったものを挙げるのは、いわゆる「男らしさ」の延長で、ジェンダーフリーな子育てとはかけ離れてしまうのかなと。しかも現状は「母親による、母親のための」子育て支援になりがちで、母親同士のあるある話や共感・共助だけで何となく解決した気になってしまう。そうするとジェンダーフリーの重要性に触れないまま、課題の根本的解決を先送りしてしまうのではないかと思います。
巽先生)日本は男女の性差が大きいため、父親、母親で支援が分けられています。これまでの支援の形に加えて
〝親支援〞としての新しい形が必要だと思います。
※2 SDGs(エスディージーズ)とは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。
「子育てしやすい社会」とは?
巽先生)親と子どもとの適切な距離が取れるのが良いと思っています。子どもと過ごす時間が幸せだと言っても、ずっと一緒はしんどいですよね。子どもは子どもの世界があって、大人は大人の世界がある、どの親子も適度に距離感を保て、その受け皿がある社会にしていきたいと考えています。
岩城さん)家族以外の人たちと関わることは子どもの成長にとっても良いことですし、子育てを親だけの責任にしてしまわない雰囲気や制度作りが大切なのかなと思います。
巽先生)子どもには、親以外の大人の生き方を知り、親以外の価値観に触れる機会や可愛がられる経験が大切で、それが新しい世界へのチャレンジや生きやすさに繋がります。特別な経験でなくても、小さいときにたくさんの人と出会って関係人口が増えると、人生の選択肢が増えると思います。
岩城さん)「もっと子どもと一緒にいた方が良いのではないか」という罪悪感を持つ必要はないですよね。私もそうでしたが、無意識のうちに「母親らしさ」を内面化してしまいます。子育てが母親に偏っていることにモヤモヤしながらも、「あるべき母親像」を手放せない苦しさがありますよね。逆に父親で、もっと子育てをしたいという方もいらっしゃると思います。お互いに、社会的に割り当てられた「母親らしさ」「父親らしさ」から解放された子育てや生き方ができるといいなと思います。
巽先生)行動を変えていくと、意識も変わりますよ。お父さんが子育てに関わって家庭にも居場所を作れるよう、男性の働き方を社会全体で、本気で見直していきたいですね。
巽先生の著書
イクメンじゃない「父親の子育て」
(晃洋書房)
子育てする父親だけど、イクメンじゃない?! イクメンがもてはやされる現代日本において、父親が子育てに関わりづらいのは、長時間労働だけが原因なのだろうか?本書では「男らしさ」と「ケアとしての子育て」という観点から、父親の子育てをメディア(育児雑誌、厚生労働省ホームページ)や父親へのインタビュー調査より分析し、イクメンとは異なる、父親の子育てへの新しいまなざしを示す。
※本特集では撮影時のみマスクをはずし、対談はマスク着用のうえ行っております。