特集
子どもを真ん中にして考えよう 【子どものふくし − 里親制度 −】
2022年5月20日
「福祉」とは、「しあわせ」を意味する言葉。
一人ひとりがその人らしく豊かによりよく生きることです。しかし社会には、「生きづらさ」を感じる状況に置かれている子どもたちがいます。
令和5年度には、子どもに関する取り組み・政策の司令塔となる「こども家庭庁」が創設される見込みです。このような組織が作られる背景には、子どもを取り巻く環境に様々な課題があるからです。
全ての子どもたちが尊重され、一人ひとり輝きながら健やかに成長してほしい。そのためには親だけでなく、地域や社会全体で子どもを支える必要があります。子どもにとって安心できる環境を保障するためには、「子どもは家庭だけではなく地域社会の中で育つ」という理念のもと、社会の真ん中に子どもを据えて養育し保護する「社会的養護」が重要となってきます。
今回の特集は、様々な子どもたちの支援を行っている方々にお話を伺い、今の社会課題やその原因、そして私たちにできることを知り、子どもの福祉を考えます。
親と一緒に暮らせない
子どもたちのために「里親制度」
日本では、親からの虐待や経済的理由から約45,000人もの子どもたちが、親と暮らせない現状があります。そんな子どもたちが「家庭」で暮らせるように、18歳まで(※)受け入れ養育する制度が「里親制度」です。大人からの温かい愛情を受け、伸び伸びと育つ環境が、子どもたちの人格形成や育成に必要です。里親制度の課題や背景、私たちにできることについて、ご自身も里親である『日本こども支援協会』代表理事の岩朝しのぶさんと、里親制度の普及啓発に力を入れられている仲川げん奈良市長に対談いただきました。(※20歳までの措置延長がある)
「育ち」は継承する。
虐待を連鎖させないために。
特定非営利活動法人 日本こども支援協会 代表理事
岩朝しのぶさん
1973年、仙台市出身、奈良県在住。 『日本こども支援協会』代表理事。 里親同士の繋がりを作り、相談ができる互助ネットワークを運営。また、里親制度の啓発、児童虐待防止活動をしながら、里親として女の子を養育している。
「子はかすがい」。
子どもに関わることで社会と繋がって。
奈良市長
仲川げんさん
1976年、奈良県出身。2002年に奈良NPOセンターで行政の目が届かない教育や地域の問題を草の根から改善するため、奈良NPO法人に対する支援活動に従事する。2009年から奈良市長で現4期目。三児の父。
実親と暮らせない子どもたちの状況や
背景について教えてください。
岩朝さん)子育ての価値観は連鎖します。そのため、親自身も過酷な状況で育てられていたということがあります。人との関係が上手くいかなくて孤立する。それが暴力になってしまったり、ネグレクトになってしまったり。結果的にいっぱいいっぱいになってしまっているんですね。妊娠したから産み、育てられないと生まれた子を遺棄するような事件もありますが、「産んだら捨てよう」と思っているわけではなく、生まれてから「どうしよう」と誰にも相談できなくて起こってしまったケースが多いのです。そういう人たちの特徴として未来を想像しにくく、場当たりで行動してしまっている。虐待にしても「子どもが産まれたら虐待してやろう」と思っているわけではなく、結果、起こってしまう。悪気がないケースが多いんです。自分が育てられた家庭の「価値観」で子どもを育てるので、例えば教育的な家庭に育った人は「この教育が大事」という自分の価値基準を子どもに押し付けていくことになりがちです。もちろん、反面教師として育てるケースもありますが、価値観が世代間で継承していくことが多いように思います。5歳ならこういうもんだ」「私は小学校でこうしていた」と、自分の基準を子どもに押し付けてしまう。「なんでこの子はできないんだ」とイライラが募り、自分中心的に考えてしまう。その子の特性や成長に合わせてあげないといけないんですよね。
仲川市長)子どもが抱えている状況はさまざまです。虐待案件でも、事件として表面化するのは氷山の一角だと思うんですね。虐待は異質でとんでもない事件だと思われがちですが、どこの家庭でも虐待の芽はあるものだと思います。その要素も複合化しています。子育てが楽で仕方がないという人は少ないのではないでしょうか。どんな家庭でも子育ての悩みはある。難しさは千差万別。ただ気になるのは、国の資料において、児童養護施設に入所している子どもの中でも、発達障がいを含む障がいがある子どもの割合が倍増しているということです。例えば、子どもに暴力をふるってしまったような背景には、子どもに計画的な行動がなかなかできないというような特性があって親がストレスを抱えてしまったり、親自身も何らかの特性があったり、一つひとつ虐待の背景を見ていかないといけません。現象だけをみていてもなかなか根本的な解決にはならないかと思います。経済的な背景、子どもの成長の背景、またヤングケアラーなどの背景もあります。ヤングケアラーでいうと、子どもは正義感の塊なので、「自分がやらなきゃ」と過度に負担を背負ってしまって、必要な支援に繋がらず、結果として抱えられなくなってから児童養護施設に入所する場合もあります。社会として子どもを支えなければいけないことは多岐にわたるので、総がかりで対応しないといけない問題だと思います。
一つの受け皿が里親制度だと思うのですが、
どういった里親が求められていますか?
また里親家庭の重要性について教えてください。
岩朝さん)国も「子どもたちには家庭養育が望ましい」として里親を推進していますが、子どもたちの背景が多様化しているので、里親も対応できるようにならないといけないんですよね。子ども一人ひとりどんなケアが必要なのかを知り、里親としてのトレーニングも欠かせないと思います。一緒に暮らしてみてからわかる心の傷があるかもしれない。そういったことを気づける知識やその子に合わせた養育ができるレベルが本当は望ましいです。
仲川市長)赤ちゃんの頃に里子になる子どもはどれくらいの割合ですか?
岩朝さん)まず施設に行って、4〜5歳から里子に来るケースが多いです。里親からの声では、保護されてそのまますぐ里子として来てくれるほうが早く関係性を築けるようです。乳児院で一定期間育てられてからだと、新しい家庭に戸惑うのか愛着形成が難しい場合があります。
仲川市長)世界で見ると圧倒的に日本は施設入所率が高いんですね。オーストラリアは90%以上。ヨーロッパも基本は家庭での養育が多くて、施設がレアケースになります。国連による「子どもの権利条約」では、子どもは家庭環境の中で育つべきだと謳われています。また、全国の児童相談所が取り扱った虐待の通告件数が右肩上がりとなり、10年間で4倍ほどになっているため、受け入れ先の施設にも限界がある。奈良市もできる限り、家庭で養育のできる里親に繋いでいければと思っています。
岩朝さん)一般の多くは児童養護施設で暮らす子どもは孤児だと思っていますが、実際には約95%の子どもたちには親権者がいます。主に児童虐待や経済的理由などから親と暮らしていない子どもが増加傾向にある。子どもたちには愛着形成が重要なので、家庭養育に重点を置いていく必要があると思います。愛着形成は特定の人と深く関わることが大切なのですが、施設だとどうしても職員は交代制になるため、夜のおやすみ、朝のおはようが別の人になる。里親制度がそこをカバーできればと思っています。
今後、里親制度はどのように
輪が広がると良いでしょうか?
仲川市長)日本では親と暮らせない子の里親委託率は平成22年度末で12%だったのが、今は23%になっていますが、海外は80〜90%なので、何か根本的な差があると思われる状況です。児童福祉の分野は声を代弁してくれる人が少なく、社会として十分な認識と資源を投資してこなかったことに原因があると思います。これではいけないというので「子どもの貧困」という言葉が10年くらい前から言われ始め、子どもへの社会的養護の観点が強まりました。その頃から自治体でも、福祉や教育など「子どもに関すること」に対応するようになってきました。国も子どもファーストで政策を進めるために「こども家庭庁」を設置するなど、ちょっとずつ変化が出てきたように思います。
岩朝さん)特に乳幼児の家庭養育はとても重要です。ただ、現実的に里親のサポートが追いついていないので、里親不調というのが増えていて、4組に1組は1年以内に里親を解除となっています。子どもを理解し、行動の予測ができると耐えられるという統計がありますので、研修をしたり里親同士の繋がりを持ったり、里親家庭を支えていくことが大切です。奈良県内も現在30組くらいいます。当協会が運営する「オンライン里親会」では救われている里親さんも多いんです。里親の質の担保も急務だと思います。
仲川市長)平成28年の児童福祉法改正では、家庭養育優先の理念を規定し、里親による養育を推進することが明確にされました。その理念を具現化する「新しい社会的養育ビジョン」の中で、2024年までに「3歳未満は75%里親委託を」といった数値目標もあります。国としてそういう方針を出しているだけでも時代の変化だと思うので、あとは実態をどう追いつかせていくのかです。1件1件、その子にとってより良い状態にしていくのが自治体の仕事になっていきます。今はSNSの時代ですので、こんなに困っている人がいるという情報が良い意味で出てきやすくなりました。今までですと、行政の相談窓口に来たり、地域の議員さんが議題にあげたり、テレビやニュースで取り上げられたりといったルートに乗らない限りは、なかなか社会の片隅で泣いている人に光が当たらなかったんですね。だけど今は、こんなことになっているの?この制度と組織、法律があるのに機能しているの?など、SNSを通して知ることもあります。社会の機能不全が見えてくるため、奈良市の場合ではどうなのかとフィードバックできるようになりました。他市の良い取り組みをどんどん取り入れることもできますね。
18歳を過ぎたあとは社会へ送り出しますが、
里親と里子はどういう関係性になっていますか?
岩朝さん)ケースバイケースで、期間限定や短期であれば、「お姉さん、お兄さん」や「おばさん、おじさん」のような存在で人生の伴走者となりますし、小さい頃から一緒だと「ママ、パパ」と呼んでいることもあります。「血は繋がっていないけど家族だよね」という段階から、「そろそろ血が繋がっているかもしれない」と思えるくらいの関係性もあります。大切なのは、「この人は何があっても助けてくれる」という心の基礎を作れているかどうか。どんな期間であれ、何かあったらこの人は絶対助けてくれると思えるかどうか。18歳になり巣立っても、「正月には帰っておいでね」と言える関係性が一番ですね。一人でもそういう大人がいると心の支えになります。あと、大学進学に関しては奨学金が充実していて、手厚く援助してもらえる点は安心です。
里親制度の改善点は何でしょうか?
岩朝さん)里親に託されてくる子どもたちは難しい背景を背負っていることが多いので、里親になる前のステージがあれば良いと思います。ファミリーサポートや週末里親など、自分のできる範囲で子どもと触れ合える段階です。まずは里親制度全体を知った上で、「これくらいならできる」「一時養護ならできるかも」といった選択肢が増えると良いですね。環境が変わればできることも増えていくと思います。知識を持って理解を深めて、「里親への道」というのがいりますね。あとは、具体的なことですが、子どもに関わる損害保険の補助や、18歳で里親の元を出るとき、賃貸や携帯電話の契約の保証人を自治体や国に担ってもらえれば、子どもたちも安心して社会に出られると思います。
岩朝さんの目標は何でしょうか?
岩朝さん)虐待がない社会になることが一番です。私は虐待を減らしたくて、里親制度を推進しています。虐待の連鎖を止めるために「育てなおし」をすることです。虐待を受けた子どもたちが自分の子どもには愛情をもって子育てできるようにすることが、私たち里親の役割です。また、実親にもペアレントトレーニングが必要だと思っています。一度子どもを保護してそのまま返すのではなく、トレーニングを受けてもらってから返す。子どもの成長スピードや特性の違いを認めることができれば、虐待防止に繋がると思います。ある自治体での取り組みでは、実親にトレーニングすると7割は虐待を繰り返さないという実績が上がっています。効果をあげているので全国でも広がればと思います。
社会全体で子どもたちを育むために、
私たち一人ひとりができること、
また地方行政でできることは何でしょうか。
仲川市長)まずは、経済的な理由や発達障がいの悩みなど、虐待に繋がるリスクを減らしていくことです。色んな問題が複合的に絡まっているので、きめ細かな福祉の支援体制が必要です。例えば、10軒に1軒はひとり親家庭ですが、養育費を受け取れているのは、たった24%。行政が養育費の支払いを命じられるようリスクヘッジするのも一つです。そのように支援した上でも虐待が起こるなら、実親に戻すのが正解という考えは払拭したほうが良いと思います。そんな親から離すことは子どもの命を守ることに繋がります。命に関わる問題がこれだけ起きていて、過去15年で約1400人の子どもが虐待で亡くなっている。相当数の子どもたちが家庭内で亡くなっているんですから。また、これからは基礎的な教育の段階で、親になるための教育も必要だと思います。母親が家事や育児を主に担い、父親が手伝う側となっているのをおかしいと思える感性が、これからの時代に必要です。そういった問題が回り回って子どもの虐待の背景にあったりします。みなさんには、「子はかすがい」で子どもに関わることで社会と繋がって欲しい。みんなが子どもに目を向けることができれば、社会を立て直す可能性が広がると思います。
日本こども支援協会
「ひろげる」「ささえる」「つなげる」という役割を果たし、暴力や貧困ではなく愛が循環する社会を実現するため、里親のつながりや支え合う互助ネットワークを運営しています。
>> 日本こども支援協会「ONE LOVE」公式サイト
私たちにできること 寄付里親
胸が苦しくなる子どもの虐待事件。子どもを持つ親として考えさせられることがあると思います。我が子だけが幸せな社会はありません。家庭で預かることが難しくても、厳しい環境にいる子どもたちのためにできることがあります。寄付で活動を支えませんか。一人でも多くの子どもたちが幸せに暮らせるように。