特集

【玉井式教育学III】– Vol.21– 価値観の持たせ方「子どもがどのように能力を生かすか」

2021年12月3日

【玉井式教育学III】– Vol.21– 価値観の持たせ方「子どもがどのように能力を生かすか」

これからの子どもたちは、これまでよりも世界に目を向けなければいけない時代を生きることになります。今のままの教育で良いのか、変わっていかなければいけない点は何なのか。グローバル時代を生きる子どもたちの成長のために、どのような価値観が必要なのでしょうか。
何のために教育するのかという、教育の価値観をしっかり持って、「親が笑顔でいること」「子どもへ何よりも愛していると伝えること」そして、「花(成果)を咲かせることだけでなく、丈夫な根っこ(土台)を育ててあげること」を大事にする。そう言うのは、「世界に負けない子に育てる」教育を提唱し、独自の能力育成教材を開発し続けてきた玉井満代先生。

玉井先生の考える子育てと教育について、48回にわたり、さまざまな視点でお届けします。

(株)タマイ インベストメント エデュケーションズ 玉井満代先生

《教えてくれたのは》
(株)タマイ インベストメント エデュケーションズ
代表取締役 玉井満代さん

京都市生まれ、ICT教材クリエイター・脚本・演出家。20年にわたる全国数百の学習塾での指導経験を生かして、学校、またインド、ベトナム、シンガポール等で続々と導入されている「玉井式 国語的算数教室®」「玉井式 図形の極®」など、パソコン・タブレットを使用して学習する教材を全国展開。2021年現在、日本全国で24,000人が学習しており、有名私立小学校・大手学習塾・幼稚園・保育園及び学童などで広く活用されている。また、インド著書には「世界に出ても負けない子に育てる」(青春出版社)他。国内外での年間講演回数は120回(2018年度)を超える。洛南高等学校附属小学校で「玉井式 図形の極®」が授業カリキュラムとして取り組まれている。また、2021年度より、奈良育英小学校の副校長に就任。

>> TAMAISHIKIオフィシャルサイト
>> 奈良育英小学校

 

– 編集部 −
第21回目のテーマは「価値観の持たせ方」。
子どもは親や家庭、学校など周りにいる大人の価値観に大きく影響を受けます。
子どもが学び、学力や知識、能力を身につけていっても、大人になりそれをどう生かすかは、その価値観によります。では、親としてどのようなことを意識し、価値観をどのように持たせるか。
玉井先生が考える大切な価値観を教えてもらいました。

親が価値観をどう持ち、
子どもに伝えるか。

学力や知識というのは、子どもによって伸びる時期や得意なジャンルが違うことはありますが、ある一定の指導方法や時間をかけて教えていくことで身に付きます。算数、理科、社会、国語などは教科書がありますが、「価値観」というものだけは、教える教科書がないのです。価値観の教科書がない理由は、各個人が自由に持って良いものだからです。誰かに押し付けられるものではなく、「人として自分がどう生きていきたいか」ということですので、教科書の作りようがないのです。百人いたら百通りの価値観があって良いと思います。ですので、その価値観をどのように子どもに持たせるかということも、押し付けることではないと思います。

しかし、それぞれの家庭には、子育てする上で、大切にしたい価値観というものがあるのではないでしょうか。人として子どもにどう育ってほしいか、どのように教育したいかなどです。
では、各家庭の価値観がどのように子どもに伝わっていくのでしょうか。それは、普段の何気ないシーンの中で、大人がどんな振る舞いをしたか、どのように声をかけたりしたかといったことが、子どもにとって良くも悪くも見本となり、価値観として伝わっていくのです。

例えば、困っている人を見かけたら親がどうするのか。バスや電車に乗っている時に、お年寄りやケガをしている人、障害のある人に対してどういう声かけや振る舞いをするのか、などです。
また、普段の大人同士の会話でも、本来なら嫌われるような人ではないのに、子どもが聞こえるところでうっかり噂話をして悪く言ったり、親が妙に嫌ったりすると「ああいう人は嫌われるんだ」と子どもに思い込ませたり、外国の人に対して「あの人は○○人だから」といったことを言ってしまうと、○○人はきっと良くない人たちなんだな、きっと自分とは違う人たちなんだなという排他的な価値観を植え付けてしまうかもしれません。

他にも、外見や持っている物などで人を判断していると、お金が有るか無いかが人生で大事なことだと曲解していくかもしれないですし、「貧しいと学校にも行けないし、将来もどうせダメで私たちは不幸なんだ」と思ってしまうかもしれません。貧しいと確かに不便なこともありますが、両親の仲が良かったり、協力しあう家族だったりすると、決して不幸ではないと思います。逆に恵まれたお家でも、両親の仲が良くなくて、歪み合ってばかりだと、子どもはすごく嫌な気持ちになり、無力感を感じてしまうかもしれません。 いずれにしても大切なのは、「しっかり勉強して立派な大人になるんだ」「自分の力を生かそう」といったポジティブな価値観を育んであげることではないでしょうか。
普段身近にいる大人が、そういったことを意識しながら、お子さんを育てていただきたいと思います。その価値観が子どもの人生の柱になっていくはずですから。

(株)タマイ インベストメント エデュケーションズ 玉井満代先生

 

ルールに沿わせることや、
“良い子”を決めつけない。

今、サステナブルと言って「どうやってみんなが持続可能な社会で生きていけるのか」という一つの指針が出ていることは、わかりやすくて良いと思うのですが、結局のところ、それを一人ひとりがどう具体的に落とし込んで、日頃から周囲の大人が子どもたちにわかりやすく伝えていくことが必要です。

日本は今まで「人から嫌われないようにしよう」とか、あるいは「他人の目を気にして恥ずかしくないようにしよう」といったことが行き過ぎてしまって、とても窮屈な社会になっていると思っています。
むしろ、人の目は気にしなくて良いと思うんです。ただし、人の迷惑になってでも何をやっても良いということではありません。そこはバランス感覚が必要で、「ああしなさい」「こうしなさい」と大人が指示するばかりではなく、子ども自身がいずれ自分で判断して、自分の力を良い方向へ生かしていかないといけません。それには長い時間をかけて、根気強く声をかけていくことが大切です。それを意識して子育てしないと、つい日常の忙しさの中で、「すぐに宿題しなさい、今は○○しなさい」と指示をしてしまいます。
大人がそういったことばかりを言っていると、テストで良い点数をとり、日常で何の問題も起こさずに頑張って、授業ではしっかり手を挙げて、積極的に部活動していますといった子どもだけが「良い子」という枠組みにはめていってしまいます。そういった偏った価値観にならないようにして欲しいという思いがあります。

学力を身につけることとは別に、身についた知識や学力をどう生かすかは、その子の価値観によります。その価値観を育まずに、一つの「良い子」のパターンにはめこもうとすると、子どもは窮屈でその子の良さを上手く伸ばせないと思うのです。そのレールに乗れる子は良いのですが、全員がそうではありません。一人ひとり、強みや良さが違いますから。

みんながみんなハツラツな子どもでなくても、一人ひとり個性があり、一見地味で寡黙な子でも、頭の中でいっぱい考えている子はいます。表現が得意ではないだけで、自分の意見をしっかり持っている子もいます。そういうことも「素敵なことだよ」「自分の強みだよ」という価値観にしていかないと、多様性が生まれないのではないでしょうか。

中学生になって自意識が芽生え、反抗心も出てくる時には、「決まりごとだからやりなさい」「皆と同じようにやりなさい」というのは、納得できないものです。ルールに従うことが全てではありませんので、周囲の大人が「うちの家では、うちの学校ではこういうこと(価値観)が大事なんだ」としっかり伝えていくことが必要です。
その根本を伝えず「あなたはルールを守らないからダメ」といった決めつけで導かないほうが良いと思います。

 

自分が肯定されてこそ、
他人を認められる。

小学校の低学年くらいまでは、親の言うことがほぼ正しいと思っているものですが、小学校の高学年から中学校、高校生くらいになると友達の言うことや、ネットに書いてあることが正しいと思うようになっていくかもしれません。様々な情報が子ども本人に入ってくることは良いことなのですが、全ての情報が正しいわけではありません。しかし、親が9、10歳くらいまでにいろんな話をしたり、人としての価値観を持たせたりしていれば、いろんな情報が入ってきても引きずられて間違った方向に行くこともなく、自分で取捨選択ができるようになるのではないでしょうか。

テストで100点をとった、賞状をもらったといったことだけではなく、自分が頑張ったことで人が喜んでくれたり、自分が困った人の役に立ったりしたことで、相手の人から「ありがとう」と言われて嬉しかった経験など、自分がした小さな親切や小さな努力によって、他の誰かに肯定してもらったことがその子の価値観になっていくものです。

結局、自己肯定感というのは自分が肯定されてきたからこそ持てるものだと思います。自分は肯定されていないのに、人を肯定するのはなかなか難しいことです。肯定するというよりは羨ましいという気持ちのほうが大きくなってしまうように思います。自分が肯定されていれば、人の成長や成功を喜べる人になるのではないでしょうか。価値観とは、このようにして培っていくものだと考えています。

(株)タマイ インベストメント エデュケーションズ 玉井満代先生

間違いや失敗を追い詰めるような
日本社会になっている?

最近の日本の情報を見ていると、失敗をした人たちに対する過剰な追い込み具合が酷くなっています。ある国では「溺れている犬は棒で突いて沈める」という言葉があるのですが、その意味は「助けても牙を向いて襲いかかるから、沈めておこう」ということです。今までの日本はそこまでではなかったように思うのですが、いつからこうなってきたのかなと案じることがあります。

また、企業や政治の世界で何か問題が起こっても、どこかで誰かが「これは失敗だ」と言えない圧力や空気が人の心の中にあるように思います。これは失敗したことを「失敗しました」と言えない教育を受けてきたからだと思うんです。
例えば、「宿題を忘れました」と正直に伝えた子に怒るのではなくて、どうすればこの子が宿題をするようになるのか、寄り添って改善策を考えてあげることが大事です。しかし、「どうしてできないんだ」と言われて大人になっていくと、いつか潜在的に失敗を正直に言えないモードに入っていくのだと思うのです。そういう人たちが影響力のある会社や医療機関、政治といった社会を動かす世界に入ったとしても、何かミスした時に、なかなかそれを言えないような風潮になって、発覚した時には大変なことになっているという状況になるのではないでしょうか。

「それはもうちょっと甘くみてあげたほうが良いのでは?」ということが過剰に責められたり、反対に「明らかに悪いでしょう」ということがウヤムヤになっていたり、そういうことが起こっているような気がします。日本はこのまま是々非々で判断されない国になってしまって良いのでしょうか。

今の子どもたちは、人口が激減しプレゼンス(存在感)があるかないかわからない日本を母国として生き抜いていかないといけません。だからこそ、これはダメなことだから相手が誰であってもダメだと言えたり、これは寄り添って一緒に考えてあげようといった判断ができたり、グローバルな社会で生かしていかなければいけない価値観を、私たち大人自身がしっかりと考え、未来ある子どもたちに伝えていくべきではないかと思います。

 

次回の「Vol.22」は12月10日(金)にお届けします。お楽しみに!

関連特集
>>【玉井式教育学II】– Vol.20– 子どもが「自分で考えて行動する」には
>>【玉井式教育学III】– Vol.22– 子どもの好奇心は“自由”が伸ばす